November 4, 2012 at 10:25pm
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しかし本来お金は、人間同士が交換している様々な価値の一時的な代替物に過ぎず、それ自体が目的ではなかった。73
どのような分野にも、技術進化の過程で起こる倒錯現象がある。目的と手段が入れ替わってしまう現象だ。一種のオタク化と言ってよいかもしれない。写真を撮るべく機材を揃えるうちに、機材を集める行為そのものが目的性を持ち始めてしまうこと。生活を支えることが目的であるにもかかわらず、建築物としての美しさや、建築誌での扱われ方に気を取られてしまう建築家。72
優れた技術者は、技術そのものでなく、その先にかならず人間あるいは世界の有り様を見据えている。73
目的と手段のバランスを失わない唯一の手段は、私たち一人一人が、自分の仕事の目的はそもそもなんだったのかを、日々自問することにある。74
— 自分の仕事をつくる(ちくま文庫)
ー西村佳哲(著)
概念が、生きた体験を矮小化するのだ。27
本人の「解像度」の高さが、その人のアウトプットの質を決める。29
イメージと現実のギャップが感じられるからこそ悩めるし、成長することも出来るが、もし「自分は十分にいい音が出せている」と感じたら、そこがその人の音楽の上限となる。29
— 自分の仕事をつくる(ちくま文庫)
ー西村佳哲(著)
人間は「あなたは大切な存在で、生きている価値がある」というメッセージを、つねに探し求めている生き物だと思う。10
芸術的な仕事をするのは基本的に不健康なことです。
— 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです
村上春樹インタビュー集1997-2011(文春文庫)
ー村上春樹(著)
442ページ
だって何もかもが筋が通って説明がつくのなら、そんなのわざわざ物語にする必要なんてないんです。ステートメントとして書いておけばいい。物語というのは、物語というかたちをとってしか語ることのできないものを語るための、代替のきかないヴィークルなんです。
極端な言い方をすれば、ブラックボックスのパラフレーズにすぎないんです。
僕は、だからこそできるだけ読み安い文章で小説を書きたいと思うんです。そしてできることなら時間を置いて読み返してほしい。それだけ耐久性のあるタフな文章を僕は書きたいと思っています。
— 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです
村上春樹インタビュー集1997-2011(文春文庫)
ー村上春樹(著)
326ページ
September 19, 2012 at 6:57pm
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一方BUSUの顔というのは美人のようにはカロリーの集約されていくところがなく、その顔にカロリーが渦巻いている感じを受ける。
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荒木経惟写真全集 1「顔写」
(平凡社)
ー荒木経惟
「|荒木経惟論|顔に出してはいけないもの」(赤瀬川原平)179ページ
僕が求めているものは自然でシンプルな文章です。しなやかで、飾りけのないものです。
— 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです
村上春樹インタビュー集1997-2011
(文春文庫)
ー村上春樹(著)
ー157ページ
September 18, 2012 at 10:11pm
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健全な肉体に宿る不健全な魂(笑)
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自分の魂の不健全さというか、歪んだところ、暗いところ、狂気を孕んだところ、小説を書くためにはそういうのを見ないと駄目だと思います。というか、そのたまりみたいなところまで実際に降りていかないといけない。でも、そうするためには健康じゃなくちゃいけない。肉体が健康じゃなければ、魂の不健康なところをとことん見届けることができない。
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身体が健康になったから魂もクリーンになりました、なんてことはあり得ない。
— 夢を見るために毎朝僕は目覚めるのです
村上春樹インタビュー集1997-2011
(文春文庫)
ー村上春樹(著)
ー472ページ
September 7, 2012 at 9:14pm
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まあ盲目の垣覗きといったようなもので、図書館に入って、どこをどううろついても手掛かりがないのです。(中略)とにかく三年勉強して、ついに文学は解らずじまいだったのですを私の煩悶は第一にここに根ざしていたと申し上げても差支ないでしょう。
p.131
幸に語学の方は怪しいにせよ、どうかこうかお茶を濁して行かれるから、その日その日はまあ無事に済んでいましたが、腹の中は常に空虚でした。空虚ならいっそ思い切りが好かったかもしれませんが、何だか不愉快な煮え切らない漠然たるものが、至る所に潜んでいるようで堪まらないのです。しかも一方では自分の職業としている教師というものに少しの興味も持ち得ないのです。(中略)私は終始中腰で隙があったら、自分の本領へ飛び移ろうとのみ思っていたのですが、さてその本領というのがあるようで、無いようで、どこを向いても、思い切ってやっと飛び移れないのです。
p.132
私はこの世に生れた以上何かしなければならん、といって何をして好いか少しも見当が付かない。私はちょうど霧の中に閉じ込められた孤独な人間のように立ち竦んでしまったのです。そうしてどこからか一筋の日光が射して来ないか知らんという希望よりも、此方から探照灯をもちいてたった一条(ひとすじ)で好いから先まで明らかに見たいという気がしました。ところが不幸にして何方の方向を眺めてもぼんやりしているのです。ぼうっとしているのです。あたかも囊の中に詰められて出る事の出来ない人のような気持がするのです。私は私の手にただ一本の錐さえあればどこか一本突き破って見せるのだがと、焦り抜いたのですが、あいにくその錐は人から与えられる事もなく、また自分で発見するわけにも行かず、ただ腹の底ではこの先自分はどうなるだろうと思って、人知れず陰鬱な日を送ったのであります。
p.132
この時私は始めて文学とはどんなものであるか、その概念を根本的に自分で作り上げるより外に、私を救う途はないのだと悟ったのです。今までは全く他人本位で、根のないウキグサ(※)のように、そこいらをでたらめに漂っていたから、駄目であったという事にようやく気が付いたのです。
p.133
著作的事業としては、失敗に終わりましたけれども、その時に確かに握った自己が主で、他は賓であるという信念は、今日の私に非常の自信と安心を与えてくれました。私はその引続きとして、今日なお生きていられるような心持がします。
p.137
もし私の通ったような道を通り過ぎた後なら致し方もないがらもしどこかにこだわりがあるなら、それを踏潰すまで進まなければ駄目ですよ。ーーもっとも進んだってどう進んで好いか解らないのだから、何かに打つかる所まで行くより外に仕方ないのです。
p.140
しかしこの私は学校を出て三十以上まで通り越せなかったのです。その苦痛は無論鈍痛ではありましたが、年々歳々感ずる痛みには相違なかったのであります。だからもし私のような病気に罹った人が、もしこの中にあるならば、どうぞ勇敢にお進みにならん事を希望して已まないのです。もしそこまで行ければら、ここにおれの尻を落ち着ける場所があったのだという事実を御発見になって、生涯の安心と自信を握る事が出来るようになると思うから申し上げるのです。
p.140
— 私の個人主義(講談社学術文庫)
ー夏目漱石(著)
「私の個人主義」
するとこの一歩専門的になるというのは外の意味でも何でもない、すなわち自分の力の余りある所、すなわち人よりも自分が一段と抽(ぬき)んでている店に向って人よりも仕事を一倍して、その一倍の報酬に自分に不足した所をひとからじぶんに仕向けて貰って相互のへいきんをたもちつつ生活を持続するということに帰着するわけであります。
p.19
こういうように人間が千筋も万筋よある職業線の上にただ一線しか往来しないで済むようになり、また他の先に移る余裕がなくなるのはつまり吾人の社会的知識が狭く細く切り詰められるので、恰も自ら好んで不具になると同じ結果だから、大きくいえば現代の文明は人間を日に日に片輪者に打崩しつつ進むのだと評しても差支ないのであります。p.24
— 私の個人主義(講談社学術文庫)
ー夏目漱石(著)
「職業と道楽」
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